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みやもとむさし
宮本武蔵(七)
吉川 英治
Read 宮本武蔵(七) (みやもとむさし) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 350,912 characters · 702 screens
「なんじゃと。いけ図々しい。こうされても、まだ、ひとを泣き落しにする気かいな」
「逃げませぬ。どこへでも参りますから、お手を……ああ……苦しい」
「あたりまえじゃ」
「は、離して。くく……」
喉くびが詰ったのである。
お通は思わず、ばばの手をもぎ払って、起ちかけたが、
「逃がそうか」
とその手は、またすぐ、黒髪の根をつかむ。
がくと、宙を向いた白い顔に、雨が注いだ。お通は、眼を閉じていた。
「ええ、わが身のために、どれほど、多年の間、艱苦を嘗めさせられたことか」
ばばは、罵って、彼女が何かいえばいうほど、もがけばもがくほど、黒髪を引摺りまわし、踏んだり打擲したりした。
が――そのうちに、ばばは、しまった! というような顔して、急に、手を離した。ばたと、仆れたまま、お通はもう虫の息もしていない。
さすがに、狼狽えて、
「お通っ。お通やあ」
ばばは、彼女の白い顔をのぞいて呼んだ。雨に洗われた顔は、死魚のように冷たかった。
「……死んでしもうた」
ばばは、ひと事みたいに茫然とつぶやいた。殺す意志はなかった。あくまで、彼女を免す気もないが、こうまでする気もなかったのである。