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みやもとむさし
宮本武蔵(七)
吉川 英治
Read 宮本武蔵(七) (みやもとむさし) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 350,912 characters · 702 screens
「――おさらば」
最後に、武蔵がいった。
頭を下げ揃えたまま、誰も頭を上げなかった。武蔵は柴折の外へ出て、静かに柴折戸を閉め、もう一度いった。
「では、ご機嫌よう……」
人々が、頭を上げた時は、もう武蔵の姿は彼方を向いて、風の中を歩いていた。
振向くか――振顧るか――と太郎左衛門を始め、取り残された人々は、縁や庭垣から見まもっていたが、武蔵は振向かなかった。
「あんなものかなあ、お侍というものは、なんと、あっさりしたものじゃろう」
誰か、つぶやいた。
お鶴は、すぐ、そこに見えなくなっていた。太郎左衛門もそれを知ると、共に奥へ姿を隠した。
太郎左衛門の住居の裏から浜辺づたいに一町ほど歩むと、巨きな一つ松がある。平家松とこの辺りで呼ばれている松――
先に小舟を廻して、雇人の佐助は、今朝夙くからそこに待っていた。武蔵の姿が今、その辺りまで近づいたかと思うと、誰か、
「おおう! ……先生ッ」
「武蔵どの」
ばたばたっと、足もとへ転び伏すばかりに、駈け寄って来た者があった。
九
一歩――
閾を踏んで出た武蔵には、今朝はもう何も頭になかった。
多少の思いは、皆、真っ黒な墨にこめて、白紙の上へ、一掃の水墨画として吐いてしまった感じである。