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みやもとむさし
宮本武蔵(七)
吉川 英治
Read 宮本武蔵(七) (みやもとむさし) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 350,912 characters · 702 screens
いつかの晩のむささびの眼などまだまだ弱いくらいだった。
「…………」
敢なく石を横へ捨てて、伊織は無性に逃げ出していた。いくら逃げても逃げても恐さが振り捨てられなかった。
「…………」
武蔵野のまん中に、彼は息をきって坐りこんでいた。
二刻もそうしていた。
そのあいだに、伊織はおぼろげながら、わが師と頼む人の境遇を、初めて考えてみたのだった。敵の多い人だということが子供ごころにも分った。
(おいらも偉くなろう)
いつまで、師の身を無事に、そして永く師を奉じるためには、自分も一緒に偉くなって、師を護る力をはやく持たなければならないと思った。
「……偉くなれるかしら、おいらなんか」
正直に、彼は、自分を考えてみる。さっきの小次郎の眼光が思い出されてまた、ぞっと身の毛がよだったのである。
ひょっとしたら、自分の先生でも、あの人には敵わないのじゃないかしら? ――そんな不安さえ抱きはじめた。そしたら、もっと自分の先生も勉強しなければ――と彼らしい取越し苦労を持った。
「…………」
草の中に、膝をかかえているまに、野火止の宿も、秩父の連峰も、白い夕霧につつまれている。