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みやもとむさし
宮本武蔵(七)
吉川 英治
Read 宮本武蔵(七) (みやもとむさし) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 350,912 characters · 702 screens
「あら。先生が行く」
「無可先生」
「すまして行くこと」
町の娘達が、眼顔して、囁きあう。中には、お辞儀する娘がある。無可先生の行く先は、そこらでも、話題であった。
だが、彼の行く足は、真っ直だった。遠い王朝のむかしから、ここの辺りは、矢矧の宿の浮れ女たちから脂粉の流れをひいて、今も岡崎女郎衆の名は、海道の一名物であったが、そこの辻を曲がる様子もない。
ほどなく、城下の西端れまで行ってしまう。すると、広い闇に、どうどうと、瀬にしぶく水音が聞かれ、暑さもいちどに袂を払って、橋の長さ二百八間という、その橋桁の第一柱に、
矢矧ばし
と星明りに読める。
すると、約束したように、そこに待っていた一個の痩法師が、
「武蔵どのか」
と、いった。
無可先生は、
「おう。又八か」
近づいて、笑顔を見合う。
まさしく一方の者は、本位田又八である。江戸町奉行所の前で、百の笞に打叩かれた果て、罪の莚から放逐された――あの時の姿のままの又八である。
無可とは、武蔵が、仮の名であった。
矢矧の橋のうえ。
星の下。
ふたりの間には、かつての旧怨もなく、
「禅師は?」
武蔵が問うと、
「まだ旅よりお帰りもなし、お便りもない様子」