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みやもとむさし
宮本武蔵(七)
吉川 英治
Read 宮本武蔵(七) (みやもとむさし) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 350,912 characters · 702 screens
と、ふと、そんな思い過しもしてみるのだった。
いや、思い過しでないかもしれなかった。お鶴の今朝の眉には、どことなく、そうした心の色がただよっている。
今も。
父の太郎左衛門に茶を汲んでから、父が黙然と海を見ていると、彼女も、いつまでも黙って、物思わしく、海の青を凝視していた。そして、その眸までが、海のあふるる如く、涙になりかけた。
「お鶴……」
「はい……」
「武蔵様は、どこにお在でか。朝の御飯は、さし上げたか」
「もう、お済みでございます。そして、あちらのお部屋を閉めて」
「そろそろ、お支度中か」
「いいえ、まだ……」
「何をしていらっしゃるのだ」
「画を描いていらっしゃるようです」
「画を……?」
「はい」
「……ああ、そうか。心ないおねだりをした。いつぞや、画のはなしが出た折、なんぞ一筆でも、後の思い出にも――と、わしが御無心しておいたので」
「きょう船島まで、お供をしてゆく佐助にも、一筆遺物に描いてつかわすと、仰っしゃっておいでになりましたから……」
「佐助にまで」
太郎左衛門はつぶやいて、急に自分が落ちつかない気もちにせかれた。
「――もう、こうしている間にも、時刻は迫るし、見えもせぬ船島の試合を、見ようと騒いでゆくたくさんの人たちも、ああして往来を押し流して行くのに」