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みやもとむさし
宮本武蔵(七)
吉川 英治
Read 宮本武蔵(七) (みやもとむさし) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 350,912 characters · 702 screens
そこに残念――と思い残しているような陰は少しも見当らない。
武蔵は、斬れ落ちている自分の渋染の鉢巻に眼を落して、肌に粟を生じた。
「生涯のうち、二度と、こういう敵と会えるかどうか」
それを考えると、卒然と、小次郎に対する愛惜と、尊敬を抱いた。
同時に、敵からうけた、恩をも思った。剣を把っての強さ――単なる闘士としては、小次郎は、自分より高い所にあった勇者に違いなかった。そのために、自分が高い者を目標になし得たことは、恩である。
だが、その高い者に対して、自分が勝ち得たものは何だったか。
技か。天佑か。
否――とは直ぐいえるが、武蔵にも分らなかった。
漠とした言葉のままいえば、力や天佑以上のものである。小次郎が信じていたものは、技や力の剣であり、武蔵の信じていたものは精神の剣であった。それだけの差でしかなかった。
「…………」
もくねんと、武蔵は、十歩ほどあるいた。小次郎の体のそばに膝を折った。
左の手で小次郎の鼻息をそっと触れてみた。微かな呼吸がまだあった。武蔵はふと眉を開いた。
「手当に依っては」
と、彼の生命に、一縷の光を認めたからである。と同時に、かりそめの試合が、この惜しむべき敵を、この世から消し去らずに済んだかと、心もかろく覚えたからであった。