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みやもとむさし

宮本武蔵(七)

吉川 英治

Read 宮本武蔵(七) (みやもとむさし) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.

N2 · advanced · modern kanji and kana · 350,912 characters · 702 screens

Aozora Bunko

「此方じゃ」

と安房守がいう。

「お」

眼は答えたが、武蔵の足は、一歩もそこから出ていない。

燈りの流れている縁側と、彼の立っている廊下との間を、約九尺ほどの闇が中断していて、そこの暗い壁の露地に、武蔵はなにか好ましからぬ物の気配を感じたのである。

「なぜござらぬ? ――武蔵どの、此方じゃよ、早う渡られい」

安房守は、また呼んだ。

「……はい」

武蔵は、そう答えずにいられない所に立っている。だが、彼はやはり前へ歩まなかった。

静かに、足を回らして、十歩ばかり戻ると、庭先へ出る手洗口がある。そこの沓脱石にある木履を穿いて、庭づたいに廻って、安房守が呼んでいる座敷の前へ出て行った。

「……あ。そこから」

と安房守は、何か、出し抜かれたような顔して、座敷の端から振り顧った。武蔵は意にもかけず、

「……おう」

と、座敷の内へ呼びかけて、床の正面に坐っている沢庵へ、心の底から笑顔を向けた。

「おう」

と、同じように、沢庵も眼をみはり、席を立って迎えながら、

「武蔵か」

と、これも懐かしそうに、待っていた、待っていた、と何度も繰返していうのだった。

三

さて、久しい邂逅である。