Japanische Klassiker mit Furigana
ja-reading.com
Lesen Sie japanische Klassiker online mit Furigana. Filtern Sie nach JLPT-Niveau, tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung und übersetzen Sie einen Satz.
げんだいやくろんご
現代訳論語
下村 湖人
Lesen Sie 現代訳論語 (げんだいやくろんご) von 下村 湖人 (しもむらこじん) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 127.327 Zeichen · 256 Bildschirme
一一(四八二)
一二(四八三)
また、君子は君主の信任を得て然る後に君主を諌める。まだ信任されないうちに諌めると、君主は自分がそしられているように思うだろう。」
○ ここでの君子はむろん郷大夫の如き為政家を意味する。
一一(四八二)
子夏がいった。――
「大徳が軌道をはずれていなければ、小徳は多少の出入りがあっても、さしてとがむべきではない。」
○ 大徳は五倫五常といつたような道徳の大本になるもの、小徳は坐作進退の如きものを指すであろう。
○ この言葉は、万事にひかえ目で細心な性格の子夏の言としてはめずらしい。次章における子夏と照らし合せると一層そういう感じがする。
一二(四八三)
子游がいった。――
「子夏の門下の青年たちは、掃除や、応対や、いろんな作法などはなかなかうまくやっている。しかし、そんなことはそもそも末だ。根本になることは何も教えられていないようだが、いったいどうしたというのだろう。」
子夏がそれをきいていった。――
「ああ、言游もとんでもないまちがったことをいったものだ。君子が人を導くには、何が重要だから先に教えるとか、何が重要でないから当分ほっておくとか、一律にきめてかかるべきではない。