Japanische Klassiker mit Furigana
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げんだいやくろんご
現代訳論語
下村 湖人
Lesen Sie 現代訳論語 (げんだいやくろんご) von 下村 湖人 (しもむらこじん) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 127.327 Zeichen · 256 Bildschirme
郷党第十
一(二三六)
二(二三七)
色よく招く。
招きゃこの胸
こがれるばかり、
道が遠くて
行かりゃせぬ。
先師はこの民謡をきいていわれた。――
「まだ思いようが足りないね。なあに、遠いことがあるものか。」
○ この一章は、一七六章のあの強い言葉と全く同一の意味だが、相対比してそぞろに微笑を禁じ得ないものがある。私は孔子が、「ほれて通えば千里も一里」という日本の民謠を知つていたら、とそれが惜しくてならない。
郷党第十
本篇は、他の諸篇とちがつて、語録ではない。孔子の風采・態度・日常の起居動作等を、門人の誰かが描写したものである。従つて、ここでは「先師」という訳語をさける。なお特殊の場合をのぞき現在形に訳することにした。
一(二三六)
孔先生は、自宅に引きこもっておいでの時には、単純素樸なご態度で、お話などまるでお出来にならないかのように見える。ところが、宗廟や朝廷にお出になると、いうべきことは堂々といわれる。ただ慎しみだけは決してお忘れにならない。
二(二三七)
朝廷で、下大夫とは、心置きなく率直に意見を交換され、上大夫に対しては、おだやかに、しかも正確に所信を述べられる。そして国君がお出ましの時には、恭敬の念をおのずから形にあらわされるが、それでいて、固くなられることがない。