Japanische Klassiker mit Furigana
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げんだいやくろんご
現代訳論語
下村 湖人
Lesen Sie 現代訳論語 (げんだいやくろんご) von 下村 湖人 (しもむらこじん) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 127.327 Zeichen · 256 Bildschirme
一六(二二一)
一七(二二二)
一八(二二三)
一九(二二四)
一六(二二一)
先師が川のほとりに立っていわれた。――
「流転の相はこの通りだ。昼となく夜となく流れてやまない。」
○ これは孔子晩年の言葉にちがいない。それが単なる無常観か、過去を顧みての歎声か、或は、たゆみなき人間の努力を祈る声かそもそもまた、流転をとおして流るる道の永遠性を讃美する言葉か、それは人おのおの自らの心境によつて解するがよかろう。ただわれわれは、こうした言葉の裏付けによつて、孔子の他の場合の極めて平凡らしく見える言葉が一層深く理解されるであろうことを忘れてはならない。
一七(二二二)
先師がいわれた。――
「私はまだ色事を好むほど徳を好む者を見たことがない。」
一八(二二三)
先師がいわれた。――
「修行というものは、たとえば山を築くようなものだ。あと一簣というところで挫折しても、目的の山にはならない。そしてその罪は自分にある。また、たとえば地ならしをするようなものだ。一簣でもそこにあけたら、それだけ仕事がはかどったことになる。そしてそれは自分が進んだのだ。」
○ 簣==土をはこぶ籠、もつこ。
一九(二二四)
先師がいわれた。――
「何か一つ話してやると、つぎからつぎへと精進して行くのは囘だけかな。