Japanische Klassiker mit Furigana
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げんだいやくろんご
現代訳論語
下村 湖人
Lesen Sie 現代訳論語 (げんだいやくろんご) von 下村 湖人 (しもむらこじん) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 127.327 Zeichen · 256 Bildschirme
二六(一一八)
二七(一一九)
雍也第六
一(一二〇)
」
○ 季路・子路==同一人。共に門人仲由の字。
二六(一一八)
先師がいわれた。――
「何ともしようのない世の中だ。自分の過ちを認めて、自ら責める人がまるでいなくなったようだ。」
二七(一一九)
先師がいわれた。――
「十戸ほどの小村にも、まじめで偽りがないというだけのことなら、私ぐらいな人はきっといるだろう。だが、学問を愛して道に精進している点では、私以上の人はめったにあるまい。
○ 本章は、不断の向上に心掛けている人の少いのをなげき、努力の必要をといたものと見るべきである。しかし同時に、努力という点では何人にもまけないという、孔子の自信のほどが、その間にうかがわれる。
雍也第六
本篇も、その前半は、前篇につづいて人物評が主になっている。
一(一二〇)
先師がいわれた。――
「雍には人君の風がある。南面して政を見ることが出来よう。」
*
仲弓が先師に子桑伯子の人物についてたずねた。先師がこたえられた。――
「よい人物だ。大まかでこせこせしない。」
すると仲弓がまたたずねた。――
「日常あくまでも敬慎の心を以て万事を裁量しつつ、政治の実際にあたっては、大まかな態度で人民に臨む、これが為政の要道ではありますまいか。