Japanische Klassiker mit Furigana
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げんだいやくろんご
現代訳論語
下村 湖人
Lesen Sie 現代訳論語 (げんだいやくろんご) von 下村 湖人 (しもむらこじん) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 127.327 Zeichen · 256 Bildschirme
八(一二七)
九(一二八)
一〇(一二九)
八(一二七)
伯牛が癩を病んで危篤に陥った。先師は彼をその家に見舞われ、窓から彼の手をとって永訣された。そして嘆いていわれた。――
「惜しい人がなくなる。これも天命だろう。それにしても、この人にこの業病があろうとは。この人にこの業病があろうとは。」
○ 伯牛==孔子の門人。姓は冉(ぜん)、名は耕(こう)。伯牛はその字。魯の人。徳行をもつてきこえた。
○ 原文には癩病とも危篤ともはつきり書いてはないが、これは定説になつている。孔子が病気見舞に行つて、窓ごしに病人の手をとつたというのには色々の説があるが、今一々述べない。重要なのは、悪疾をいとわず手を握つた孔子の愛情である。
九(一二八)
先師がいわれた。――
「囘は何という賢者だろう。一膳飯に一杯酒で、裏店住居といったような生活をしておれば、たいていの人は取りみだしてしまうところだが、囘は一向平気で、ただ道を楽み、道にひたりきっている。囘は何という賢者だろう。」
一〇(一二九)
冉求がいった。――
「先生のお説きになる道に心をひかれないのではありません。ただ、何分にも私の力が足りませんので……」
すると、先師はいわれた。