Japanische Klassiker mit Furigana
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げんだいやくろんご
現代訳論語
下村 湖人
Lesen Sie 現代訳論語 (げんだいやくろんご) von 下村 湖人 (しもむらこじん) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 127.327 Zeichen · 256 Bildschirme
一九(五九)
二〇(六〇)
二一(六一)
」
○ これは孔子が魯に仕えていた頃にいつた言葉であろう。当時、大夫の権勢が強く、公室に対して礼を守らなかつた。孔子がただ一人礼を守つたので、時の人は大夫にこびて、却つて孔子を公室にこびるものだといつたのである。孔子はそれを憤つたものらしい。
一九(五九)
定公がたずねられた。――
「君主が臣下を使う道、臣下が君主に仕える道についてききたいものだ。」
先師がこたえられた。――
「君主が臣下を使う道は礼の一語につきます。臣下が君主に仕える道は忠の一語につきます。」
○ 定公==魯の国君、名は宋(そう)。
二〇(六〇)
先師がいわれた。――
「関雎の詩は歓楽を歌っているが、歓楽におぼれてはいない。悲哀を歌っているが、悲哀にやぶれてはいない。」
○ 関雎==詩経中の名篇だといわれている詩。
二一(六一)
哀公が宰我に社の神木についてたずねられた。宰我がこたえた。――
「夏の時代には松を植えました。殷の時代には柏を植えました。周の時代になってからは、栗を植えることになりましたが、それは人民を戦慄させるという意味でございます。」
先師はこのことをきかれて、いわれた。――
「出来てしまったことは、いっても仕方がない。