Japanische Klassiker mit Furigana
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げんだいやくろんご
現代訳論語
下村 湖人
Lesen Sie 現代訳論語 (げんだいやくろんご) von 下村 湖人 (しもむらこじん) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 127.327 Zeichen · 256 Bildschirme
二三(六三)
」
「すると、管仲は礼を心得て、それに捉われていたとでもいうのでしょうか。」
「そうでもない。門内に塀を立てて目かくしにするのは諸侯の邸宅のきまりだが、管仲も大夫の身分でそれを立てた。また、酒宴に反※を用いるのは諸侯同志の親睦の場合だが、管仲もまたそれをつかった。それで礼を心得ているといえるなら、誰でも礼を心得ているだろう。」
○ 管仲==斉(せい)の大夫。名は夷吾(いご)、字は仲(ちゆう)。桓公(かんこう)をたすけて斉の覇業を成功せしめた人。
○ 反※==盃をふせる一種の台、献酬に用いられたもの。
○ 孔子は管仲の斉における功績は十分認めていた。(三四九章参照)しかし、功にほこつて非礼の行があつたため、人物が小さいといつたのである。
二三(六三)
先師が魯の楽長に音楽について語られた。――
「およそ音楽の世界は一如の世界だ。そこにはいささかの対立もない。先ず一人一人の楽手の心と手と楽器が一如になり、楽手と楽手とが一如になり、更に楽手と聴衆とが一如になって、翕如として一つの機をねらう。これが未発の音楽だ。この翕如たる一如の世界が、機熟しておのずから振動をはじめると、純如として濁りのない音波が人々の耳を打つ。