Japanische Klassiker mit Furigana
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げんだいやくろんご
現代訳論語
下村 湖人
Lesen Sie 現代訳論語 (げんだいやくろんご) von 下村 湖人 (しもむらこじん) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 127.327 Zeichen · 256 Bildschirme
一一(一三〇)
一二(一三一)
「力が足りないかどうかは、根かぎり努力して見たうえでなければ、わかるものではない。ほんとうに力が足りなければ中途でたおれるまでのことだ。お前はたおれもしないうちから、自分の力に見きりをつけているようだが、それがいけない。」
一一(一三〇)
先師が子夏にいわれた。――
「君子の儒になるのだ。小人の儒になるのではないぞ。」
○ 君子の儒、小人の儒は強いて訳さないで、このまま日本語として通用させる方が面白い。儒は濡(水にひたるの意)を人扁にしたもので、先聖の道を学んで、それに身をひたす人を意味する。「君子の儒」は真実に道を求めて学問をする人、「小人の儒」は、立身出世を求め、利害の打算に終始し、徒らに物知りになるような学問をする人。いつの時代にも小人の儒が多い。
一二(一三一)
子游は武城の代官をつとめていたが、ある時、先師が彼にたずねられた。――
「部下にいい人物を見つけたかね。」
子游がこたえた。――
「澹臺滅明という人物がおります。この人間は、決して近道やぬけ道を歩きません。また公用でなければ、決して私の部屋にはいって来たことがございません。」
○ 武城==魯の公室に属する土地の名。