Japanische Klassiker mit Furigana
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げんだいやくろんご
現代訳論語
下村 湖人
Lesen Sie 現代訳論語 (げんだいやくろんご) von 下村 湖人 (しもむらこじん) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 127.327 Zeichen · 256 Bildschirme
七(四六七)
もし正しい道が行われている世の中なら、私も、こんなに世の中のために苦労はしないのだ。」
○ 長沮・桀溺==両者共老荘的隱者にちがいない。それが姓名であるか、どうかは、たしかでない。ただ楚の人であろうと想像されている。
七(四六七)
子路が先師の随行をしていて、道におくれた。たまたま一老人が杖に草籠をひっかけてかついでいるのに出あったので、彼はたずねた。――
「あなたは私の先生をお見かけではありませんでしたか。」
老人がこたえた。――
「なに? 先生だって? お見かけするところ、その手足では百姓仕事をなさるようにも見えず、五穀の見分けもつかない方のようじゃが、それでいったいお前さんの先生というのはどんな人じゃな。」
老人はそれだけいって杖を地につき立てて、草をかりはじめた。――
子路は手を胸に組んで敬意を表し、そのそばにじっと立っていた。
すると老人は何と思ったか、子路を自分の家に案内して一泊させ、鶏をしめたり、黍飯をたいたりして彼をもてなしたうえに、自分の二人の息子を彼にひきあわせ、ていねいにあいさつさせた。
翌日、子路は先師に追いついて、その話をした。