Clásicos japoneses con furigana
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チベットりょこうき
チベット旅行記
河口 慧海
Lee チベット旅行記 (チベットりょこうき) de 河口 慧海 (かわぐちえかい) en japonés con furigana. JLPT N2. Toca una palabra para ver el significado.
N2 · avanzado · kanji y kana modernos · 531.520 caracteres · 1042 pantallas
欧州人ではたった一人
欧州人ではたった一人 インドから入ってチベットのラサ府を通過してシナに出た人があります。それはヴァン・デ・プッテという人です。それからワーレン・ヘスチングという人がインドの太守であった時分に、インドとチベットの間に貿易を開こうと思って、一七七四年にジョージ・ボーグルという人を使者としてチベットに遣わした。それはいわゆる公使のようなものでその夫人も共に行かれた。この人はラサまでは入ることが出来ないで、第二の府のシカチェという所まで行ってそこに止って居ったです。そのシカチェまで着いたところの日記などがあって、その書物は今でも残って居るです。
その人が帰ってから一七八一年にまたワーレン・ヘスチングがキャプテン・ターナーという人を使者として遣わした。その人は二ヵ年居ってインドに帰られたが、その時分からインドとチベットとの貿易は盛んになって来たです。けれどもその後ワーレン・ヘスチングがインドの太守を辞して英国に帰って後はそれが立消えのような具合になって全く交通もほとんどない位になって来たです。
ところでその時分にやはり耶蘇教の宣教師らがチベットのラサ府までは行きませんけれども、その近郷まで入って耶蘇教を布き仏教を破ることに努めたので、チベット政府は大分に用心するようになったです。