Clásicos japoneses con furigana
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チベットりょこうき
チベット旅行記
河口 慧海
Lee チベット旅行記 (チベットりょこうき) de 河口 慧海 (かわぐちえかい) en japonés con furigana. JLPT N2. Toca una palabra para ver el significado.
N2 · avanzado · kanji y kana modernos · 531.520 caracteres · 1042 pantallas
例えば耶蘇教の神さんでも、その昔人民が罪悪に陥って済度し難いからというて大いに憤り、大洪水を起して総ての罪悪人を殺し、ただその中の善い人間即ちノアという者を救うたというような依怙贔屓をする者である。チベットの神も皆然り。いわゆる人間の喜怒哀楽の情緒をその儘に実行される者である。ところが仏はどんな事があってもお怒りなさらぬ。仏ほど深い慈悲と円満なる智慧を持って居らるるありがたい方は世界にはないと堅く信仰して居るです。それはもう実に蒙昧なる人民でも神と仏の違い、即ち神は怖いもの仏はありがたいものということをちゃんと知って居る。
かくのごとくチベット人民はごく詰らない迷信を沢山持って居るに拘わらず、こういう立派な信仰を持って居る。今一つは原因結果の道理で何事も自業自得、自分の為したる悪事は自分で苦しい思いをして償わなくちゃあならん、また自分の為したる善事の結果即ち快楽幸福もまた自分が受け得らるるのである。そして原因結果の規則は未来永劫に続くものである。いわゆる種が実となり実が種となってどこまでも継続して行くものである。
それと同じ事で我々の心もまた死んだからというて決して滅するものでない。