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ふうりゅうたいへいき
風流太平記
山本 周五郎
「四国新聞」1952(昭和27)年12月12日~1953(昭和28)年7月13日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 244,473 字 · 487 页
「あの山の向うだったな、――」
いま、万三郎の眼にその筑波山が見える。
結城から加波山、観音谷のあの夜までの、眼まぐるしい出来事が、なつかしい回想となって、記憶のなかによみがえって来た。
「そうだ、いまになってみると、なにもかもなつかしい」
彼は眼を細めながら呟いた。
「あのときは死ぬか生きるかという騒ぎだった、特に古木邸へ忍び入ったあの晩は、――」
そこで万三郎ははっとした。
※(歌記号、1-3-28)――げにや一樹の蔭に宿り、一河の流れを汲むことも、――みなこれ他生の縁ぞかし。
謡の声はあまりうまくない、間拍子もおかしいが、聞いているうちに万三郎は、その文句に覚えのあることを知った。
「慥かに初めてではない」
彼は首をかしげた。
――慥かにどこかで、――なんでも雪が降っていたようだが。
そしてぱっと眼をみはった。
「そうだ、古木邸の中だ、あの土蔵の窓から聞えて来たのだ」
雪が舞い狂っていた。
彼はつなの所在を捜して、その雪の中を歩きまわっていた。すると、吹き荒れる吹雪の彼方から、静かな、よく澄んだ声で、その謡曲が聞えて来たのであった。
「そうだ、あの人が謡っていたんだ、土蔵の二階の座敷牢の中で、――つなさんが」