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ふうりゅうたいへいき

風流太平記

山本 周五郎

「四国新聞」1952(昭和27)年12月12日~1953(昭和28)年7月13日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 244,473 字 · 487 页

青空文庫

十一

男がかよのほうへ顔をすり寄せるのが見えた。

十一

「放して下さい、放して」

かよの抑えた叫びが聞えた。

「静かにしないか、かよ、冗談ではないぞ」

男の声が急にまじめになった。その声でかよは鎮まり男の顔を見あげた。

「わしが江戸から来たにはわけがあるんだ、その話をするためにこうして、――」

あとは声をひそめたので、万三郎には聞えなかったがかよのようすが変るのは、月の光りをあびてよく見ることができた。

「この上に加波山神社というのがあるそうではないか」

と男が高い声で云った。

「そこへいって、月を眺めながら一杯やるとしよう、たまには風流も味わうものだ」

男は肩にかけた五合入りほどの、大きなふくべを振ってみせ、かよを抱くようにしながら、谷尻の木戸のほうへ去っていった。

――尋常なことではないな。

万三郎はそう直感した。

江戸の情勢に変化があって、それをかよだけに知らせるのかもしれない。また、それは単なる口実で、本当は人のいない処へおびき出したうえ、かよに乱暴をはたらくのかもしれない。いずれにもせよ、尋常でない事が起こりそうに思えた。

万三郎は丸太小屋へ戻った。

そして伝次に耳うちをし、空の一升徳利を取出したうえ少し時を計って、二人で出ていった。