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ふうりゅうたいへいき

風流太平記

山本 周五郎

「四国新聞」1952(昭和27)年12月12日~1953(昭和28)年7月13日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 244,473 字 · 487 页

青空文庫

芽ぐむ胸

一

正月の七日。――暦の上では春になったが、寒さはまだきびしく、川から吹きあげてくる夜風は、寒の内よりも却って凛烈である。

「どうしたんだろう」

おちづはそっと呟いた。

「いつも早く帰って来るのに、なにか間違いでもあったんじゃないかしら」

半次は三日に一度ずつ、深川の井伊邸へゆく、午前十時ごろにでかけて、大抵は日の昏れるまえに帰る。おそくとも七時を過ぎることはなかった。

金杉橋をはさんで、両岸には、船宿や居酒屋などが多かった。少し川上の将監橋の脇には、ひところ岡場所(私娼)めいたものが出来たりして、この界隈はずいぶん繁昌したものであった。

しかし松平越中守(定信)が老中になってから、しだいに取締りが厳しくなり、岡場所はもちろん潰されたし、船宿や居酒屋などでも、夜の八時以後は営業を禁じられてしまった。

だから、もうその時刻にはどこも店を閉めているので、あたりはひっそりと暗く、遠い犬の吠え声や、ときたまどこかで雨戸をあける音などが、深夜の物音のように聞えて来た。

道にはまだ往来の人があった。

東海道の本道だから、公用の使いらしい早駕籠も通るし、夜遊びにゆくとみえる人や、肩をちぢめて小走りに橋を渡る女もあった。