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ふうりゅうたいへいき
風流太平記
山本 周五郎
「四国新聞」1952(昭和27)年12月12日~1953(昭和28)年7月13日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 244,473 字 · 487 页
岡さまは殆んどなにも云わなかった。松吉がなにか話しかけると、頷くか、簡単な返辞をするだけで、少し酔っているのだろう、赤くなった顔で、ゆったりと両岸の景色を眺めていた。
「あら、あそこだわ」
おちづがふいに大きな声をだしたので、松吉も吃驚したが、岡さまも驚いたとみえ、屹とこっちへ振向いた。
その、振向いたときの、岡さまの顔を見て、おちづはまた、水を浴びたようにぞっとした。
「どうしたの、いきなりそんな声をだして」
と松吉姐さんが咎めた。
三
「あそこで、――」
とおちづは岸のほうを指さした。
「このまえ、いやなやつと良い人に会ったんです、このまえ升屋へお座敷のあった日なんです」
「このまえって、十一日のときかえ」
「そうです」
答えながら、おちづはそっと岡さまのほうを見た。岡さまはもう、いつものおっとりした顔になっていた。
だがおちづの眼には、一瞬まえの、岡さまの表情がはっきり残っていた。おちづの声に驚いて、こっちへ振返ったときの顔は、いつもの岡さまではなかった。
濃い眉が歪み、眼は鷲のようにするどい光りを放った、僅かに開いた唇の間から、白い歯が見え、頬がぐっと落ち窪んだ。