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ふうりゅうたいへいき

風流太平記

山本 周五郎

「四国新聞」1952(昭和27)年12月12日~1953(昭和28)年7月13日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 244,473 字 · 487 页

青空文庫

自分では寒さは感じなかったが、手指の先は凍えてきたし、足の指はもう感覚がないようであった。

こうして九番めまで来たとき、万三郎はぴたりと足を停めた。

人の声が聞えたのである。

正に人の声であった。彼はすばやく地面に身を伏せて、あたりへ眼をくばった。

夜廻りの者かと思ったが、提灯の灯は見えない。声も風には消されないで、ひとところで、同じ調子で聞えていた。

「あっ、――」

万三郎は低く叫んだ。

それは若い女の声であった。話しているのではなく、謡曲をうたっているらしい。いや慥かに、それは若い女性が謡曲をうたっている声であった。

――あの人だ。

万三郎はぐっと胸が熱くなった。

それはつなの声に相違ない。捕われているつなが、風雪の夜の、眠れない寒さを凌ぐために、独りで謡をうたっているのだ。彼は謡曲というものを知らないから、なにをうたっているのかわからなかった。しかし、夜半ひとり端坐して、静かにうたっているつなの姿は、想像することができた。

「つなさん、万三郎が此処にいるよ」

万三郎は口の中で、そっとこう呼びかけた。

「もうすぐ助けにゆくからね、もうすぐだよ」

涙がこみあげてきた。