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ふうりゅうたいへいき

風流太平記

山本 周五郎

「四国新聞」1952(昭和27)年12月12日~1953(昭和28)年7月13日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 244,473 字 · 487 页

青空文庫

――来たな。

と彼は坐り直し、左に置いてあった刀を、右がわへ、少し離して置き直した。

玄関へはゆかず、坪庭から濡縁のさきへ、一人の武士が近寄って来た。どっしりと肥えた、七寸あまりもある堂々たる躯で、黒い衣服に縞の袴をはき、柄の白い脇差だけを差していた。

聞いたとおり、眼だけ出した覆面で、濡縁のところまで来ると、暫くじっとこちらを見た。

――これは相当な人物だぞ。

そう思いながら、万三郎も静かに見返していた。

覆面の武士が手を振ると、提灯を持っていた若い女中が会釈をして去っていった。武士は悠然とした動作で濡縁にあがり、部屋へ入って来た。その動作の一つ一つが、尺で計るかのようにきっぱりとして、半歩の迷いもなく、床を背にして坐った。

万三郎は相手が坐るまで黙っていた。それから、やはり黙ったままで、袋に入れて持って来た、蔵人の脇差をそこへ差出した。

「当人の来られない理由は」

相手が云った。謡曲でもやるような、韻の深い、きれいな声であった。万三郎は相手の眼を見たまま、静かに答えた。

「敵の監視が厳しいうえに、加波山で手傷を負いまして、暫く動くことができないのです」