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ふうりゅうたいへいき
風流太平記
山本 周五郎
「四国新聞」1952(昭和27)年12月12日~1953(昭和28)年7月13日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 244,473 字 · 487 页
「おやんなすった」
老人が艫のほうで叫んだ。
――やったぞ。
と又平も自分に云った。
岸のほうでは、三人の男たちが、舟の下る方向へ走っていた。おそらく水戸街道の大橋まで先まわりをするのだろう、――落ちた男はと見ると、これは泳ぎができるのか、ばちゃばちゃと水をはねあげながら、岸のほうへと近寄ってゆくのが、ほのかな水明りの中に認められた。
「その辺で向う岸へ着けてもらおうか」
又平は刀を拭きながら、
「爺さんには迷惑をかけてしまって申し訳がない、これには訳があるんだ、今はなにも云えないが」
「なんにも仰しゃるにゃ及ばねえだよ」
老人は棹を使いながら云った。
「わしもこれで六十七年、世の中を渡り歩いてきたでよ、人間の善し悪しぐれえ、三日もいっしょにいれば見当はつくだ、ただ一つ口惜しいのは」
と老人はおどけた口調で、
「あの騒ぎで、せっかくの鹿の肉をむだにしちまったことさ」
そしてへらへらと笑った。舟は対岸のほうへと、流れを斜に横切っていた。
江戸の霜
一
万三郎と斧田が結城へ立っていった直後。そうしてそのときはもう、中谷兵馬も林と沢野を伴れて、紀州田辺へ出立したあとであるが、――江戸では花田徹之助が、松平伊豆守とひそかに会っていた。