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ふうりゅうたいへいき
風流太平記
山本 周五郎
「四国新聞」1952(昭和27)年12月12日~1953(昭和28)年7月13日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 244,473 字 · 487 页
四
骨の節ぶしが抜けるようであったが、頭は少しずつおちついてきた。
「そうだ、ひとつ考えてみよう」
彼は眼を細くしながら、こう呟いて、自分が長崎から江戸へ出て来たいきさつを、静かに思い返してみた。
彼の家は八百五十石の旗本であった。
父は弥兵衛、母はぬいといったが、二人ともすでに亡い。長兄の徹之助が家督を継いで、大目付の書役を勤めている。二兄の休之助は三年まえに、紀州家の甲野という家へ婿養子にゆき、それから一年して、万三郎も吉岡伊吾という旗本の家へ養子にいった。
吉岡伊吾には子がなかったが、養子をもらったら夫婦にする筈の、親類の娘が一人いた。つまり夫婦養子になるわけであったが、万三郎が吉岡へゆくとまもなく、その娘が病死し、同時に万三郎は長崎勤番を命ぜられて、江戸を去った。
紀州家の甲野へいった休之助は、長崎などへやられた弟が哀れだったのだろう、しきりに手紙をよこして、彼を慰めてくれた。
――嫁になる筈の娘が死んだそうで、可哀そうだな。
などという手紙もあった。
四
――許婚に死なれたうえに、長崎などへやられて、泣きっ面に蜂じゃないか。
休之助は口の悪い兄であった。