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ふうりゅうたいへいき

風流太平記

山本 周五郎

「四国新聞」1952(昭和27)年12月12日~1953(昭和28)年7月13日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 244,473 字 · 487 页

青空文庫

四

「なにか用ですか」

「江戸から来られたのですな」

片方の男が酒臭い息で云った。

「さよう、江戸から来ました」

「御藩と姓名と、ゆき先を仰しゃって頂きたい」

「なんのためにです」

「代官所の命令です、江戸からそういう急布令があったのです」

これは油断がならんぞ、と万三郎は警戒した。ことによると敵が正面から攻撃を始めたのかもしれない、というのは、万三郎が出るのと同時に、兵馬が紀州へ出立することになっていた。林市郎兵衛と沢野雄之助を伴れて紀州の田辺へでかけた筈である。もしかすると敵はそれを探知して、公儀の権力を発動したのかもわからないと思えた。

「私は酒井駿河守の家臣で、井沼重三郎という者です」

万三郎はそう答えた。

「御役目とお禄高もどうぞ」

もう一人が帳面と矢立を出して、いちいち聞き直しながら、万三郎の云うことを書きとめた。

「役は馬廻り、食禄は百二十石、主人に心願のことがあって、日光の御廟へ参詣するところです」

「するとその、願文かなにかお持ちですか」

こいつは謡曲の勧進帳みたようだなと、万三郎は可笑しくなった。

「もちろん持っています」

「拝見できますか」

「むろんお断わりします、願文は神前へ捧げるものですからね、たとえ代官自身の命令でもお見せするわけにはいきません」