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ふうりゅうたいへいき

風流太平記

山本 周五郎

「四国新聞」1952(昭和27)年12月12日~1953(昭和28)年7月13日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 244,473 字 · 487 页

青空文庫

九

「待って下さい石黒先生」

「御短慮はいけません、相手が悪うございます、どうか気を鎮めて下さい」

「先生お願いです」

半兵衛はすぐに鎮まった。

「よし、放せ、やめる」

と彼は云った。そしてもう一と棟の番士小屋のほうを睨みながら、呻くような声で云うのが聞えた。

「あの渡辺蔵人の狒々め」

九

半兵衛の声は呻くようであり、その言葉つきには痛烈な憎しみがこもっていた。

――渡辺蔵人。

こちらに身をひそめている万三郎の耳に、その名がはっきりと聞えた。

――なに者だろう。

もちろん彼は知る筈がない。

だが休之助なら知っている。いつか花田の兄に向って休之助はこう話したことがあった。紀州家お浜屋敷の支配で、のちに小田原河岸の屋敷へ移り、かよを後添に欲しがっていた男である。朱雀事件のなかでも相当な役割を勤めているに違いない。

万三郎はそのときいなかったから、思い当るわけもないが、半兵衛の口ぶりで、

――昨夜の威張った武士だな。

と直感した。

「あいつはおれを、雇い人足かなんぞのように、鼻であしらう」

半兵衛は吐き出すように続けて云った。

「しかも自分のざまはなんだ」

二人に左右から支えられて、出て来た小屋のほうへ戻りながら、半兵衛はかなり高い声でどなった。