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ふうりゅうたいへいき

風流太平記

山本 周五郎

「四国新聞」1952(昭和27)年12月12日~1953(昭和28)年7月13日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 244,473 字 · 487 页

青空文庫

四

「まず情勢の概況をよく頭に入れておいてもらおう」

徹之助が云った。

加波山で渡辺蔵人が語っていたように、情勢はたいそう味方に好転していた。すなわち、松平伊豆守が(ひそかに)各方面に運動し、老中筆頭の松平定信、若年寄の安藤対馬守、溜間詰の大久保加賀守、板倉左近らを説得、さらに水戸宰相治保からも援助の確約を得た。――だが、幾たびも記したとおり、問題が非常に重大であるから、どんなことがあっても表沙汰にはできない。飽くまでも隠密のうちに処理しなければならないので、以上の人々の助力も、結局は捜査の便宜を計る、という程度のことしか望めないのであった。

では敵のほうはどうか。――

和歌山在城の左近将監頼興が、いまのところでは頭首らしい、ということがわかった。

頼興は紀伊家七代の宗将の四男で、現藩主治宝の叔父に当っている。そのとき三十四歳になっていたが、七年まえからずっと和歌山に帰ったままで、褒貶いろいろの評があった。たいそう豪放濶達な人らしく、江戸でなにか乱暴な事をしたため、国許へ蟄居させられたのだ、などという噂もあった。

同情する向では、彼が紀伊家を継ぐつもりだったといわれる。