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ふうりゅうたいへいき
風流太平記
山本 周五郎
「四国新聞」1952(昭和27)年12月12日~1953(昭和28)年7月13日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 244,473 字 · 487 页
そこは甲府盆地が山へと続く、深くきれ込んだ谷の奥で、敵は山上の西北の斜面に、本拠と貯蔵所を設営してあった。観音谷のそれと同じく、本拠は丸太で組んだ小屋が五つ、貯蔵庫はやはり荒壁の大きな倉造りで三棟。たてこもった人数は(あとでわかったのだが)百六十人ばかりいた。
敵にとっては、それが残された唯一の機会であり、相当「断乎たる」決意をもっていることは、前後の事情から察しても明らかであった。そこで、休之助は珍しく慎重に構え、甲府城と連絡を取った。
これは鳥沢の番所へ、江戸から通達があったということ、それは老中がこの事件に対して、積極的に乗りだしたことを証明するものだ。と思ったからであるが、果して、甲府城にも同じような通達が来ていて、支配が自分から援助を買って出た。
だいたい甲府勤番は「大手」と「山ノ手」の両支配に分れ、各支配の下に組頭二人、勤番士百人、与力十騎、同心五十人、――その他武具奉行、破損奉行、蔵立会、目付、勝手組小普請などの諸役付もあったが、――といった組織で、夜襲には「山ノ手」支配の岡村武太夫が八十人の部下をすぐって参加した。
猿橋から馬で逸走した一人は、石和の代官所で捕えられていた。