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ふうりゅうたいへいき
風流太平記
山本 周五郎
「四国新聞」1952(昭和27)年12月12日~1953(昭和28)年7月13日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 244,473 字 · 487 页
「どちらへ帰るんですか」
万三郎は後から送って出ながら訊いた。女はなにか答えたが、階段の途中のことで、こちらには聞きとれなかった。
「夜道で危ないから送りましょう」
「いいえ駕籠が待たせてございますの」
「どこまで帰るんですか」
万三郎はもういちど同じことを訊いた。しかし、そのとき二人は店へおりたところで、彼女が女中に向って、雨よけを取ってくれ、と云うのと同時だったので、やはり返辞は聞けなかった。
――云えないんだな。
万三郎はそう思った。
――この偽者め。
彼はもうそういっても間違いないと思った。
女は頭巾をかぶり、雨よけの被布を被ると、無言でそっと会釈をして、出ていった。万三郎は土間におり、駕籠の提灯が、紀伊家(この海辺にもあった)の屋敷のほうへゆくのを見届けると、とっさに思いついて振返り、
「ちょっと合羽を貸してくれ」
とそこにいる女中に云った。
「なんでもいい、いそぐんだ、いまの客に云い忘れたことがあるから――」
女中が雨合羽を持って来た。誰か使ったばかりらしい、土間の壁に掛けてあったので、まだ濡れていた。
彼はそれを頭からかぶり、その家の下駄をつっかけたまま外へとびだした。