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しんせい

新生

島崎 藤村

「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页

青空文庫

序の章

一

序の章

一

「岸本君――僕は僕の近来の生活と思想の断片を君に書いて送ろうと思う。然し実を言えば何も書く材料は無いのである。黙していて済むことである。君と僕との交誼が深ければ深いほど、黙していた方が順当なのであろう。旧い家を去って新しい家に移った僕は懶惰に費す日の多くなったのをよろこぶぐらいなものである。僕には働くということが出来ない。他人の意志の下に働くということは無論どうあっても出来ない。そんなら自分の意志の鞭を背にうけて、厳粛な人生の途に上るかというに、それも出来ない。今までに一つとして纏った仕事をして来なかったのが何よりの証拠である。空と雲と大地とは一日眺めくらしても飽くことを知らないが、半日の読書は僕を倦ましめることが多い。新しい家に移ってからは、空地に好める樹木を栽えたり、ほんの慰み半分に畑をいじったりするぐらいの仕事しかしないのである。そして僅かに発芽する蔬菜のたぐいを順次に生に忠実な虫に供養するまでである。勿論厨房の助に成ろう筈はない。こんな有様であるから田園生活なんどは毛頭思いも寄らぬことである。僕の生活は相変らず空な生活で始終している。