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しんせい
新生
島崎 藤村
「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页
九十
と牧野は戯れるように。
「こうして集って見ると、矢張僕が一番年長かなあ」と岸本が言った。
「岸本さんなぞは、もう老人の部ですよ」と復た牧野が戯れるように言って笑った。
「でも、国の方に居るとこんなに皆集るようなことも無いし、何と言っても旅は面白いね」と小竹が言った。「岡の贔顧なマドマゼエルもよく拝見したしサ――」
「とにかく旅に来ると、自分というものを省るようには成るね」と岡はやや真面目になって答えた。しばらく岸本はこの人達と一緒に楽しい時を送っていた。彼は、何を見聞しても面白そうな心にわだかまりの無い牧野や小竹を羨ましく思った。
九十
国の方に残して置いて来た子供のことも心に掛って、遠く離れている泉太や繁を養うためにも、岸本は果したいと思う仕事を客舎で急ごうとした。七月も下旬に入った頃であった。窓の外へは時々雷雨が来て、どうかすると日中に燈火を欲しいほど急に部屋の内を暗くすることも有った。岸本が稿を継ごうとしたのは東京浅草の以前の書斎で書きかけた自伝の一部ともいうべきものであった。部屋に居て机に対って見ると、その稿を起した頃の心持が、まだこの旅を思立たない前に恐ろしい嵐の身に迫って来た頃の心持が、あの浅草の二階でこれが自分の筆の執り納めであるかも知れないと思った頃の心持が、岸本の胸の中を往来した。