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しんせい
新生
島崎 藤村
「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页
九十五
九十五
国を出て早や十五カ月ほどに成った。十五カ月とは言っても岸本に取っては随分長い月日であった。過ぐる十五カ月は三年にも四年にも当るように思われた。彼はもう可成長い月日の間、故国を見ずに暮したように思った。その間、日頃親しかった人々の誰の顔を見ることも出来ず、誰の声を聞くことも出来ずに暮したように思った。彼は歩きづめに歩いてまで宿屋に辿り着くことの出来ない旅人のように自分の身を考えた。この仏蘭西の田舎へは彼は心から多くの希望をかけて来た。何よりも彼の願いは、たましいを落着けたいと思うことであった。どうやらその願いが叶いそうにも見えて来た。「君はこんな田舎が好いのか。ここにはブルタアニュの海岸に見つけるほどの野趣も無いではないか。そうかと言って田舎の都会らしい潤いにすらも乏しいではないか。ここは思いの外、平凡な土地ではないか」こう巴里から一緒に来た美術家の一人が彼に向って訊いたくらいである。それにも拘らずサン・テチエンヌ寺の立つ高い岡の上に登ってあの古い寺院を背後にした眺望の好い遊園の石垣の上から耕作と牧畜との地たるリモオジュの町はずれを眺めた日から、しみじみ欧羅巴へ来てから以来の旅のことが思われた。