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しんせい

新生

島崎 藤村

「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页

青空文庫

九十六

ヴィエンヌ河はその町はずれを流れていた。仏蘭西の国道に添うて架けてある石橋、騾馬に引かせて河岸の並木の間を通る小さな荷馬車なぞが眼の下に見える。彼はその石垣の上からしばらく自分の宿とする田舎家までも見ることは出来なかったまでも、耕地の多い対岸の傾斜に並ぶ仏蘭西の田舎らしい赤瓦の屋根を望むことは出来た。

仏国オート・ヴィエンヌ州、リモオジュ町、バビロン新道、そこが岸本の牧野と一緒に宿をとったところだ。彼は喇叭を吹いて新聞を売りに来る女のあるような在郷臭い町はずれへ来ていた。その家の二階に沈着いて三日目に、彼は巴里にある岡から手紙を受取って、非常に形勢の迫ったことを知った。急いで書いたらしい岡の手紙の中には、「巴里に帰ることを止めらるべし、必ず」としてあった。巴里に在留する三人の美術家は英国へ逃れようとして不可能となったともしてあった。

九十六

岡からは牧野岸本両名宛で同時に別の手紙が来た。

「到頭巴里立退きの幕と成った。既に仏蘭西政府は他へ移ったらしい。大使館でも昨夜書類の焼却などをやっていた。昨日午後独逸軍の飛行機が巴里市に六つの爆弾を落した。一つはガアル・ド・リオンに、一つは東の停車場に、一つはサン・マルタンの商店をこわした。