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しんせい

新生

島崎 藤村

「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页

青空文庫

六十三

「ええ。どうぞ」

「今日はゆっくり手紙でも書きたい」

岸本は節子にこんな話をして置いて、やがて二階に上って見た。急な梯子段はあぶない程の勾配で義雄の部屋の前に続いて行っている。次郎は叔父をこの谷中に迎えたことをめずらしそうにして、その梯子段を昇ったり降りたりした。甘い乳のかわりに唐辛子を嘗めさせられて漸く母親の懐から離れたという幼い年頃の次郎を相手に、二階の部屋々々を見て歩くことも、岸本に取って楽しかった。義雄の部屋には炬燵も置いてあった。高輪から持って来た小机なぞが片隅の方に役に立っていた。

「捨吉。それじゃ俺はこれから一寸用達に行って来るがナア、夕飯までには必ず帰る」と言って義雄は階下へ聞えるような手を鳴らして、「まあ、お茶でも一つ飲んで行くか」

次郎がそこへ顔を出した。義雄は早く茶道具を運んで来るようにと母親に告げることを次郎にいいつけた。

「時に、節ちゃんもいろいろ御世話さま」と義雄が言った。「こないだは又、お前のところから机と言海を買うお金を貰って来たと言って、や、面白い机が出来たぞ。言海はこりゃ無くちゃならないものだ。机だっても読んだり書いたりするものには必要だが、しかしあの机は俺の家にはすこし過ぎたものサ」