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しんせい
新生
島崎 藤村
「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页
七十二
私は身体の関節の一つ一つが凍りつくほどの思いをしたあの時の寒さを忘れることが出来ない。つくづく私は自分の心の内部の景色だと思って、あの行く人も稀な雪の道を眺めたことを思出すことも出来る。時々眠くなるような眩暈、何処かそこへ倒れかかりそうな息苦しさ、未だ曾て経験したことのない戦慄、もうすこしで私は死ぬかと思ったあの際涯の無い白い海を思出すことも出来る。丁度、私が遁れて来た世界とは、ああいう眩暈と戦慄との出るような寂寞の世界だ。そこにあるものは降りつもる『生』の白雪だ。そこはまるで氷の世界だ。氷の海だ。そして私はその氷の海に溺れた。七年の小楼の生活よ、さらば……」
現実を厭い果てるように成ったものが悲痛な心で堕ちて行ったデカダンの生活の底こそは、彼の遁れて行こうとした氷の世界であったのである。
七十二
岸本が浅草時代の終にあたる自分の生活をデカダンの生活として考えるように成ったのも、あたかもその生活の中に咲いた罪の華のように節子を考えるように成ったのも、それは彼が遠い旅に出てからずっと後のことであった。
「人はいかなるものをも弄ぶように成る」
これは彼があの浅草の二階である人に書いて送った短い感想であったが、そういう言葉が自分の口から出るほどもう心の毒の廻った時でも、多くの結婚生活が男女夫婦の堕落に終らないとは