轻松读懂日语经典作品
ja-reading.com
轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。
しんせい
新生
島崎 藤村
「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页
五十
その画集の中にある「ダンテの夢」と題したのは、版としても好ましく出来ていて、豊国の筆に成った田舎源氏の男女の姿を見るとは別の世界の存在を節子に示すであろうと思われた。岸本はその一枚を節子の手箱の底に置いて考えるのも楽しみに思った。
丁度義雄兄の方でも弟と住居を別にしようという問題が実際に持上って来た頃であった。岸本は旅の記念の画を白い紙に包んで、家の方へ行った序に節子に送った。その画の裏には次のような文句をも認めて置いた。
「最後まで忍ぶ者は救わるべし」
五十
間もなく岸本兄弟の家族は別れ住もうとする動きの渦の中にあるように成った。新しい住居を見つけて分れて行こうとする兄。しばらく高輪に居残って跡始末をしようとする弟。岸本は長いこと子供の世話に成った礼の心ばかりに、兄から見せられた書付を引受け、移転に要する費用や当分兄の家族の暮せるだけのものを義雄に贈った。
何もかも動いて来た。毎日のように義雄は新しい住居を探しに出るように成った。嫂をはじめ節子から子供まで動いて来た。岸本自身も動いて来た。節子と同じ屋根の下に暮して見た四月余りは短かかったと言え、可成岸本の心持を変えた。