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しんせい

新生

島崎 藤村

「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页

青空文庫

六十六

旅に上ってから以来、引続き岸本はこうした調子の手紙を節子から受取った。彼は東京を去って神戸まで動いた時に、既に彼女の心に起って来た思いがけない変化を感じたのであった。彼は一切から離れようとして国を出たものだ。けれども彼の方で節子から遠ざかろうとすればするほど、不幸な姪の心は余計に彼を追って来た。飽くまでも彼はこうした節子の手紙に対して沈黙を守ろうとした。彼は節子の手紙を読む度に、自分の傷口が破れてはそこから血の流れる思いをした。嘆息して、岸本は机に対った。書架の上から淡黄色な紙表紙の書籍を取出して来て、自分の心をその方へ向けた。そして側目もふらずに新しい言葉の世界へ行こうとした。英訳を通して日頃親しんでいた書籍の原本を手にすることすら彼には楽しかった。彼は既に読みたいと思うかずかずの書籍を有っていたが、覚束ない彼の語学の知識では多くはまだ書架の飾り物であるに過ぎなかった。この国の言葉に籠る陰影の多い感情までも読み得るの日は何時のことかと、もどかしく思われた。

六十六

旅の空で岸本は既に種々な年齢を異にし志すところを異にした同胞に邂逅った。わざわざ仏蘭西船を択んで海を渡って来て、神戸を離れるから直に外国人の中に入って見ようとした程の彼は、巴里に来た最初の間なるべく同胞の在留者から離れていようとした。