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しんせい

新生

島崎 藤村

「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页

青空文庫

七十一

こう彼は言った。節子はまた熱心に彼の話に耳を傾けていた。この異国の物語は何となく彼女の精神を励ましたように見えた。彼はそれを嬉しく思って、何かまたアベラアルの事蹟に就いて書いたものでも手に入ったら、それを彼女に送ろうと約束した。

めずらしく岸本は節子と二人で話したような気がした。彼女が谷中の方へ帰って行った後には、余計にその心持が深かった。長く疑問として残っていた年齢の相違から来る男女の間の心の隔りなぞも、話せば話すほどそれを忘れることの出来るような動いたものと成って行くように見えて来た。尤も岸本の皮肉は節子の胸にこたえたと見え、彼女からは用事の手紙の端に次のような言葉を書き添えてよこした。

「あんなに御いじめなさらないで下さいな。沢山沢山御話したいことがあるけれど、御自分で話されないようにしておしまいなさるんですもの」

七十一

岸本は海外の諸国を遍歴して来た旅行記の一部に着手した。その仕事を始めているうちに、雪が来て幾度も書斎の外の庭を埋めた。丁度遠い旅に出るまでの思い出の多い季節を追って、彼はその旅行記を書いて行った。彼は一種の感慨をもって、何物を犠牲にしても生きなければ成らなかったような当時の心の消息をその中に泄した。