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しんせい

新生

島崎 藤村

「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页

青空文庫

百十八

その時は郷里の鈴木の家に姉を見に立寄り、あれから木曾川に添うて十里ばかり歩いた。郷里とは言っても、岸本があの谿谷の間の道を歩いて見たことは数えるほどしか無かった。通る度毎に旧い駅路の跡は変っていた。母の生れた村まで行くと、古い大きな屋敷は最早見られなかったが、そこには義雄兄の留守宅があって、節子の母親が祖母さんと二人で子供を相手に暮していた。深い谿谷の地勢はそのあたりで尽きて、山林の間の坂の多い道を辿って行ったところに岸本の村がある。遠い先祖の建立したという寺には岸本の家についた古い苔蒸した墓石が昔を語り顔に並んでいた。岸本は岡の傾斜のところに造られた墓地を通りぬけて、杉の木立の間から村の一部の望まれるような位置へ出た。二つの墳が彼の眼に映った。そこに両親が眠っていた。

村には父の教を受けたという人達がまだ多く住んでいた。日頃岸本の家と懇意な隣家の酒屋の主人もその一人だ。その人に誘われて、眺望の好い二階座敷に上って見ると、一段高い石垣の上の位置から以前の屋敷跡が眼の下に見えた。村の大火は岸本の父の家を桑畠に変えた。母屋も、土蔵も最早見られなかった。