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しんせい
新生
島崎 藤村
「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页
百二
あの「生の氷」に譬えて見た際涯の無い寂寞の世界の方へ。あの極度の疲労の方へ。あの眼の眩むような生きながらの地獄の方へ。あの不幸な姪と一緒に堕ちて行った畜生の道の方へ――
不思議な幻覚が来た。その幻覚は仏蘭西の田舎家に見る部屋の壁を通して、夢のような世界の存在を岸本の心に暗示した。曾ては彼が記憶に上るばかりでなく、彼の全身にまで上った多くの悲痛、厭悪、畏怖、艱難なる労苦、及び戦慄――それらのものが皆燃えて、あだかも一面の焔のように眼前の壁の面を流れて来たかと疑わせた。
百二
寺院の鐘の音が響き渡った。ツッサン(死者の祭)の日の来たことを知らせるその鐘の音は樹木の多い町はずれの空を通して、静な煙の立登る赤瓦の屋根の間へも伝わり、黄葉の萎れ落ちた畠へも伝わって来た。バビロン新道の宿でもその日は鉢植の菊などを用意し、主婦や少年のエドワアルが墓参りのために近くにある村の方へ出掛けようとしていた。
岸本がビヨンクウルの老婦人の亡くなったことを聞いたのは、この死者の祭に先だつ数日前であった。今はヴェルサイユの兵営に自転車隊附として働いているあの書記の留守宅から出た通知状は巴里の下宿の方を廻って岸本の手許に届いた。