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しんせい

新生

島崎 藤村

「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页

青空文庫

二十二

彼はそれを嫂の前にも節子の前にも置いた。いずれも巴里のサン・ゼルマンの並木街なぞを歩き廻って見立てて買って来たものであった。あの産科病院前の下宿からわざわざ地下電車で「オペラ」附近の繁華な町の方まで探しに行って来たものもある。遠い旅を記念する心は、贈られる人よりも、反って贈る人の方に深かった。

「まあ、こんなにめいめいへ御心配なすって」

と礼を言う嫂の眼は険しく光った。

二十二

長い留守の間のことを聞いて見たい。その心は岸本に取ってどれ程強いものであるか知れなかった。彼はよく旅の空で帰り支度をする頃にそう思った。もし無事に故国に辿り着くことが出来たら、あの事も聞いて見たい、この事も聞いて見たいと。今、嫂達は彼の側に居る。けれども自分の秘密がこの人達に隠してあるかぎり、長い留守の間の事で言出し得ることはほとほと少かった。嫂達が郷里を引揚げて上京した頃のことを聞いて見ようとする、と直ぐ節子や子供等を置いてこの家を逃出した自分のことに触れて来る。輝子(節子の姉)が露領の方から帰国してこの家に居た頃のことを聞いて見ようとする、と直ぐ節子が人目を避けるために一時この家に居なかったことに思い当る。