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しんせい
新生
島崎 藤村
「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页
三十二
この兄の言葉はひどく岸本を驚かした。
その心で、翌朝早く岸本は台所の方へ顔を洗いに行った。嫂も、祖母さんもまだ起出さない頃であった。節子一人だけがしょんぼり立働いていた。
「何時までそんな機嫌の悪い顔をしているんだろう」
そう思いながら岸本は台所から引返そうとした。口にも言えないような姪の様子はその時不思議な力で岸本を引きつけた。彼は殆んど衝動的に節子の側へ寄って、物も言わずに小さな接吻を与えてしまった。すると彼が驚き狼狽てて節子の口を制えたほど、彼女は激しい啜泣の声を立てようとした。
三十二
八月に入って泉太や繁の母親の忌日が来た。学校も暑中休暇になった二人の子供は久し振で父と一緒に外出することを楽みにして、その前の晩から墓参りに行く話で持切った。
朝早く出掛けることにした。岸本は一郎をも節子をも誘った。寺のある郊外の方には岸本が訪ねたいと思う旧友も住んでいたので、彼は帰路だけ子供を節子に頼んで置いて、自分独りで友達の家の方へ廻るつもりであった。
「捨吉は菅さんの許へ寄るで。そりゃ節ちゃんも一緒に行って、帰りには子供を連れて来るがよかろう」
と兄は嫂を取做すように言って、「稀には節子にもそれくらいの元気を出させるが可い」