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しんせい

新生

島崎 藤村

「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页

青空文庫

百十九

何となく時雨れて来た空の下には、桑畠の間に色づいた柿の葉の枝に残ったのが故郷の秋を語っていた。岸本は隣家の主人と一緒にその桑畠を指して、そこに父の書院があった、そこに父の愛した古い松の樹があった、と語り合った。家を挙げて東京に移り住むように成った頃から、以前の屋敷跡は矢張隣家の所有であったから、岸本は酒屋の主人の許しを得て独りで裏づたいに桑畠の間に出て見た。甘い香気のする柿の花の咲くから、青い蔕の附いた空な実が落ちるまで、少年の時の遊び場所であった土蔵の前あたりの過去った日の光景はまだ彼の眼にあった。父の遺した蔵書を見るために母と一緒に暗い金網戸の前の石段に立った日のことなぞもまだ彼の眼に残っていた。亡くなった老祖母さんの隠居所であった二階座敷から、裏の方へかけて、あの辺だけが僅に焼残っていて、岸本は変らずにある木小屋を見ることが出来た。台湾の方へ行った嫂が話してくれたのも、その小屋のことだ。前にある高い石垣、古い池、後に茂る深い竹藪は父の侘しい暗い最後の月日を想像させた。

百十九

すべてこれらの父に関する記憶が旅にある岸本の胸に纏まって来た。早く父に別れた彼は多くの他の少年が享け得るような慈愛もろくろく享けず仕舞であった。