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しんせい
新生
島崎 藤村
「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页
四十九
でも随分長いこと有りました。十何年も大切にして置いて、毎年袷時には出して着ましたが、まだそっくりしています。木綿に糸がすこし入っていて私の一番好きな着物です。惜しいけれども仕方が無い。まあ、これは兄さんの方へ進げる」
「じゃ、俺がまた貰っといて着てやるわい」
兄弟はこんな言葉をかわした。岸本はその母の手織にしたものを形見として兄に残して置いて、すっかり旅人の姿になった。
四十九
隠れた罪を犯したものの苦難を負うべき時が来た。ひょっとするとこれを神戸の見納めとしなければ成らないような遠い旅に上るべき時が来た。そろそろ夕飯時に近い頃であった。船まで見送ろうという友人や民助兄と連立って岸本は宿屋を出た。御影から来た二人の婦人も岸本に随いて歩いて来た。
長い坂になった町が皆の眼にあった。一同はその坂を下りたところで物食う場処を探した。ある料理屋の前まで行くと、二人の婦人はそこで岸本に別れを告げた。友人等の案内で、岸本はその料理屋の一間に互いに別れの酒を酌みかわした。弟の外遊を何か誉あることのようにして盃をくれる民助兄に対しても、わざわざ堺から逢いに来てくれた赤城に対しても、初めて顔を合せた御影に対しても、それから番町のような友人に対しても、岸本はそれぞれ別の意味で羞恥の籠った感謝の盃を酬いた。