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しんせい

新生

島崎 藤村

「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页

青空文庫

百十五

五月の下旬になった頃であった。この岸本のところへ女中の案内もなしに勝手を知った節子の姉が用事ありげに訪ねて来た。

「ごめん下さいまし」

という輝子の声を聞いたばかりでも、岸本にはもう秘密をブチマケた後の特別な心持が先に立った。

「泉ちゃんも繁ちゃんも学校ですか。君ちゃんもこの節はお弁当ですか――」

こんな子供の噂は前置で、輝子は自分の言いに来たことを言出しかねて、話のハズミを捉えようとしているという風に見えた。気まずい思いのする時がしばらく岸本の方にも続いた。

「叔父さんは私が何に上りましたか、お解りでしょう」

到頭輝子はこんな風に、改まった調子で切出した。

「俺の書いたものを読んで見たかね」と岸本は言った。

「拝見いたしました。実に驚いてしまいました。まさかあんなことをお書きに成ろうとは思いませんでした――誰だって叔父さんの為に惜まないものは有りません」

「…………」

「生憎また私の御懇意に願ってるような家では皆あれを読んでます。何だか、おかしいおかしいと思ってるうちに、ポカッとあんなことが出てしまった……私にそれを見ろッて、ある家の奥さんが出して下すった時は、丁度また節ちゃんのことが出ている時じゃありませんか」