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しんせい

新生

島崎 藤村

「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页

青空文庫

八十二

八十二

節子は庭から縁側に上って、昼飯の支度をするために勝手の方へ行った。昼には、岸本は長火鉢の置いてある祖母さんの部屋で、節子と二人ぎり簡単な食事をやった――彼女が庭から持って来た椿の花の蕾は長火鉢の板の上に載せて置いて。

岸本の眼に映るその日の節子は、日頃気兼ねをしなければ成らない誰のことも全く忘れ去っている人のように見えた。それがまた、あまりに遠慮がちな平素の彼女にも勝って、どれ程彼女を自然にしたか知れなかった。濃い茶色の縁を裾の方に取ったような幅の広い質素な着物までが、部屋々々を往ったり来たりする彼女の動作によく似合って見えた。

「お前は一体静かなことが好きなんだろう。そこが俺と一致するところかも知れないね」

岸本はこんな言葉を残して置いて、節子をもてなすものを探すために一寸高輪の通りまで行って来ようとした。

「節ちゃん、一寸お留守居を頼んだぜ。俺は行って何か菓子でも見つけて来る」

こう言って出た。

岸本が町から引返して来た時は、節子は奥の部屋に居て茶の用意をしていた。まだ四月の下旬であるというに、彼はめずらしい粽なぞを見つけて来た。男の児の節句も近づいたことを思わせるその笹の葉の蒸された香気は、節子の口から彼女の忘れようとして忘れ得ない子供の噂を引出すに十分であった。