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しんせい
新生
島崎 藤村
「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页
二十八
彼は楽しい酒の香気を嗅ぎながら、車の上でそこまで震えてやって来た彼自身のすがたを思って見た。節子と彼と、二人の中の何方か一人が死ぬより外に仕方が無いとまで考えて来たその時までの身の行詰りを思って見た。
元園町は心地よさそうに酔っていたが、やがて何か思い出したように客の方を見ながら、
「ねえ、君、岸本君なぞも一度欧羅巴を廻って来ると可いね……是非僕はそれをお勧めする……」
客はこうした酒の上の話も肴の一つという様子で、盃を重ねていた。
「岸本君」と元園町は酔に乗じて岸本を励ますように言った。「君も一度欧羅巴を見ていらっしゃい……是非見ていらっしゃい……もし君が奮発して出掛けられるようなら、僕はどんなにでも骨を折ります……一度は欧羅巴というものを見て置く必要がありますよ……」
岸本は黙し勝ちに、友人の話を聞いていた。どうかして生きたいと思う彼の心は、情愛の籠った友人の言葉から引出されて行った。
二十八
夜は更けた。四辺はひっそりとして来た。酒の相手をするものは皆帰ってしまった。まだそれでも元園町は客を相手に飲んでいた。それほど二人は酒の興が尽きないという風であった。