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しんせい

新生

島崎 藤村

「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页

青空文庫

百十七

「捨吉は俺の子だで、あれは学問の好な奴だで、どうかして俺の後を継がせたいものだなんて、お父さんがよくそう仰ったぞや」と姉は郷里の訛のある調子でそれを彼に話し聞かせた。その頃は鈴木の兄も郷里の家に暮して、最も得意な月日を送っていた。姉に取っても楽しい時であった。姉は久しぶりで一緒になった弟を前に置いて、夫に向って、「まあ、捨吉の坐っているところを見てやって下さい、あれの手なぞはお父さんに彷彿です」と話して笑った。その時彼は自分の身体の中に父の手までも見つけた。尤も、父は足袋なぞも図無しを穿いたと言われる方で、彼の幼い記憶に残るのは彼よりもずっと背の高い人であったが。

百十七

父の憂鬱は矢張岸本と同じように青年時代に発したということである。岸本が同年配の他の青年の知らないような心の戦いを重ねたのもその憂鬱の結果であったが、しかし彼は狂じみたという程度に踏みこたえた。父のは、それが本物であった。

こうした父の持病は一生を通して父を苦しめたとは言え、しかし岸本は父にも健かな月日の多かったことを想像することが出来る。その証拠には、父は平田篤胤の門人であったというし、維新の際には家を忘れて国事に奔走したというし、飛騨の国にある水無神社の宮司にもなったというし、それから郷里に退いて晩年を子弟の教育に送ったともいうことで